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◆Sinar-S 【工芸的美しさ】

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(4x5b/wFilm-Scan)

↑遠く冠雪した山脈を望む里山の晩秋の風景です。
地球は美しい惑星であり、日本の風景も美しく切ないものです。
さりげない、そして当たり前に見える風景の中に、我々の本当の幸せとかけがいの無いものがが存在しているように感じます。

 


sinar-s.jpg

 

↑は1948年発表されたジナーノルマ(Sinar Norma)で、わが国ではジナーS(Sinar S)として販売されました。スイスのシャフハウゼンに創業したカメラメーカーです。これは後期のタイプです。
緑がかった灰色の結晶塗りは美しく、アルミ素材の純度と工作精度の高さと素晴らしさは工芸品と称しても良い質感を持っています。
私は日本刀に通じる美しさがあると感じていますし、このカメラはただ「欲しい!」というだけで入手しました。3回に亘ってご紹介するジナーPの前のモデルです。
「P」に比べると「S」は軽くコンパクトですからロケには良く持ち出します。

 


remington-2b.jpg

 
(4x5b/wFilm-Scan)

↑自己満足ついでに…
米シエラ・ネバダ山脈の麓にある田舎のモーテルで…明日は地元に住む友人が早朝迎えに来てくれて、一緒に野生の七面鳥を撃ちにいきます。日本から持ち込んだ二丁のショットガン(散弾銃)の手入れをしているところです。野生の熊も出没すると言われて、一応ブリネッキーの熊弾(一発弾)もロスの銃砲店で仕入れてきました。
ワクワクして今夜はしばらく眠れそうもありません…。

(以上は全て私の夢想の中のお話です…写っているのはRemingtonM870ポンプアクション銃で、ベトナムでは米軍が使用しましたし、映画『ゲッタウェイ』ではS・マックイーンが使っていました。バラしてあるのはFuji Perfect Skeetで日本のスキート射撃選手用に開発したガス・オペレーションのセミ・オートマチック銃です。確かに良く当りスキート射撃にはパーフェクトな銃でしたが、国内での規制と射撃人口の減少でこのメーカーは無くなりました。代わりに893屋さんたちの拳銃不法所持が増えているようです・笑。)

◆狩猟(ミートハンター)は規制が厳しくなり獲物も少なく、一応よき経験をしましたので大分前にやめました。
(狩猟)本能と共に人間は他の多くの生き物たちの恩恵があってこそ、生存し得ている事を実感したしだいです。

 

 

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テーマ : 銀塩写真
ジャンル : 写真

◆Hawaii Judiciary Building

前回の「Hawaii State Art Museum 」に続く、ハワイ・オアフ島のマイナー観光スポット第二弾です。

 

IMG_0916.jpg 

↑ ホノルル旧市街地、イオラニ・パレスの海側にあるハワイ旧裁判所です。

カメハメハ大王の銅像が建っているので有名な建物ですが、これが実は大王本人ではなく、親友の宮廷仲間で一番ハンサムな男がモデルらしいです。
この像までは観光客も来るのですが、後ろの建物内部まで見る人は少ないらしく、ここもマイナーです。

2階の一部は現在も実際に使用しているらしく、入口のセキュリティはシッカリしており荷物は全てエックス線検査されます。ただ、たまたま私が入った時のガードのおっちゃんはカタコトの日本語でとても愛想が良かったです(チップを渡そうと思ったくらいです・笑)。

 

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 ↑当時のホノルル港と最初の裁判所の建物です。

古代からハワイでは「カプ」と呼ばれる戒律があり、昔のハワイ人はこのカプの取り決めに従い、自然の中で自然と共に生活してきました。

↓(カメハメハの肖像と共に古式の絞首刑の様子と道具・縄の解説があります)

IMG_0921.jpg

 

1778年にジェームズ・クックがハワイに現れ(日本では丁度ロシア船が松前藩に通商を求めて来た
    頃)、近代火器を手に入れたカメハメハが他の部族を打破りハワイ統一を果した(ハワイ王
    国)。以来、ハワイは太平洋における捕鯨船の基地として多くの船が寄港するようになる。

1819年にカメハメハ大王が没すると、翌年にはボストンから最初の宣教師が派遣される(日本では幕
    府が異国船打ち払いを命じた頃)。宣教師は「カプ」や「フラ」などを禁止した。
1840年にはハワイはキリスト教国として認定され、ハワイ憲法発布、立憲君主国(カメハメハ3世)
    となる(日本では「天保の改革」の頃)。
    この時、英国海軍ジョージ・ボーレット卿が勝手に英国領を宣言し5ヶ月間だけ君臨したが、英
    国政府はカメハメハ3世に返還した(ハワイ州旗のユニオンジャックに影響が残る)。

1848年にはそれまで個人の土地保有の習慣の無かったところへ、「グレート・マヘレ」と称する土地
    改革が行われ、結果としてハワイ人は次々と(白人によって)土地を失う事になる。
1852年には中国から労働力として移民を受け入れる政策をとる(日本ではペリーが浦賀に来航)。
1861年からアメリカ国内では南北戦争が始まり、南部の砂糖が北部へ渡らなくなった為にハワイでの
    砂糖買付けが始まりまる。
1868年には日本で明治維新となり、日本から初めての移民が渡る。

1872年にはカメハメハの血統が途絶え、1973年にカラカウア王が即位するが、この頃から王の治
    世に白人勢力が台頭し、王はただの象徴となる(閣僚のほとんどが白人になっていた)。
1875年アメリカ・ハワイ互恵条約締結。
1881年カラカウア王(4点目の写真の人物)日本訪問。明治政府最初の国賓だった。
    この時カラカウア王は日本の影響力行使を願い、「移民の要請」「カイウラニ王女と山階宮の婚
    姻の要請」「ハワイ・日本間の海底電線設置の要請」を行ったが、移民以外は実現しなかった。

 

IMG_0928.jpg

 

1887年新憲法(王は銃剣に脅されてやむなく署名、俗にいう「銃剣憲法」)制定。
1889年反乱が起こるも白人勢力に鎮圧される。
    アメリカ政府はハワイを事実上保護国化する条約を提案しハワイ人の怒りを買う。
1892年失意のカラカウア王はサンフランシスコで客死し、リリウオカラニ女王の治世となる。

1893年女王は王権を大幅に回復する新憲法布告の準備を進めるが、有力白人一派に計画が漏洩し、ク
    ーデターでリリウオカラニ女王が幽閉されてしまう。
    アメリカ海兵隊160人が上陸し、示威活動をし、日本も軍艦を派遣する。
    白人一派は「臨時政府」を設立し、女王に降伏を迫るも、女王は「臨時政府」にではなく、米国
    政府に一時的に降伏した。


1894年ハワイ共和国設立、ドール(パイナップル園の?)が大統領となり、リリウオカラニ女王は一
    市民になる(日清戦争勃発)。
1898年アメリカ・スペイン戦争が始まり、フィリッピンでの戦線のためハワイはアメリカの前線基地
    として着目される。同年8月12日ハワイはアメリカ合衆国の領土となる。

1904年日露戦争勃発。
1941年日本軍ハワイ(奇襲)攻撃を行い、太平洋戦争が開戦になる。
    日系社会リーダー約800人、米本土の収容所へ連行される。
1952年アメリカ合衆国50番目の州となる。

 

IMG_0929.jpg 

 ↑建物内部の2階は現在でも事務スペースとして使用されており、展示は1階のみ。

 

こうして年表もどきに見てみると米国は(米国に限らず)ハワイ・日本・フィリッピン・南太平洋等々に対して同時多方面に触手を伸ばして来た事がわかります。
(そして最初に乗込む尖兵が海兵隊員では無く、宣教師である点も白人勢力の常套手段と言えます)
東から西へという彼等の意欲は尽きる事くまい進し、日露戦争で日本が得た満州権益を発端に日本と太平洋戦で決着をつける事になるわけです。
(日露戦争直後から「オレンジ計画」という対日戦の準備が始まっています)

ハワイは18世紀後半からわずか100年で原始社会から産業革命後の社会へと急激に変革しました。
続く100年では、欧米列強の植民地拡張と覇権主義の波にもまれ、ついには王朝は転覆してハワイ王国という民族国家は消滅し、共和国->アメリカ領->アメリカ50番目の州と変革し今日に至ります。

ハワイの歴史を概括すると、わずか200年に西欧史の2000年が圧縮されており、独特の自然環境と共にこの点でも非常に興味深いものがあります。

 

 

テーマ : 旅の写真
ジャンル : 写真

◆HASSELBLAD SWC <2>

 

(The Hasselblad SWC is a wide-angle camera in the Hasselblad system)
と解説されているようにSWCとはスーパー・ワイドアングル・カメラの略称です。
(The Zeiss 38mm Biogon f/4.5 lens a 90゜angle of view)
ツァイス製のピオゴン38mm・f4.5のレンズで画角は90度あります。
普通の35mm版のカメラ換算だと、約22mm程度の超広角レンズに匹敵します。

実はこのZissのピオゴン38mm/4.5というレンズは、ピオゴン60mmと共に計測用カメラにも使用されているように歪曲収差が極めて少なく、線はどこまで行ってもまっすぐで、カメラを水平・垂直に保つと38mmという超広角を感じさせずに非常にシャープな撮影を行う事が出来きます。
イメージサークルの広い大型カメラ用に多い対称型のレンズ構成な為に、シャッターや絞りの付くレンズ中心から後にレンズが出っ張っているので、ミラーが動く一眼レフレックスボディに付ける事が出来ません。

◇つまり、ピオゴン38mm/4.5というレンズが最初に在って、このレンズの為に専用のボディを付けたのが、ハッセルブラッドSWCというカメラなのです。



SWC-1a.jpg




私が所有するモデルは古いタイプ(68年製)ですが、現行モデルでもレンズコーティングやシャッターがコンパーからプロンター製に代わっている事と、カメラのデザインが若干変わっている程度で基本はまったく変わっておりません。

ご覧のように、レンズの後に薄いボディが付き、その後にフィルムパックが付き、ボディの上には透視式のファインダーが付いています。



SWC-2.jpg

 

◇フィルム巻上げとシャッターチャージをクランクハンドルを廻して行うのは、他のハッセルブラッドと同じですが、ピント合わせは目測で露出設定(シャッタースピード&絞り値)も無論マニュアルです。
少しカメラに詳しい方ですと、広角レンズは被写界深度(ピントが合う奥行き)が深いから絞り込んでパンフォーカスで撮れるとお考えになるでしょうが…どっこい、HasselbladのSWCは結構ピントにシビアなカメラのです。撮影したネガをピントルーペで観察するとピントの芯がはっきりと分かります。

しかもこのレンズはフィート目盛りなので目測ピント合わせも訓練が必要です。
ただ慣れるとフィートという基準(ヤード・ポンド法)は尺と同じで人間の身体が基準なので、子午線が基準のメートル法よりも分かり易いものです。1フィート(feet)は約30cmで男の足の大きさとされていますし(私は26cmですが・笑)、その1/12の1インチ(inch)は男の親指の幅から来ているそうです。
大型カメラのシートフィルム(4”×5”や8”×10”)や印画紙のサイズは通常インチで表示されますから、写真家には割合馴染みのある基準です。TV画面サイズもインチ表示ですね。



SWCヒルズa-1

 

300px-Brueghel-tower-of-babel.jpg

 

↑私のSWCのピオゴン38mmはレンズ・コーティングがモノ(単層)コートなので所謂マルチ(多層)コーティングのものに比べてモノクローム向きと云われていますが、最新のリバーサル・フィルムでもちゃんと写ります(当たり前ですが…)。基本的にピオゴンは絞らないと周辺光量落ちがあります。

ヒルズ->現代の『バベルの塔』の雰囲気出ているでしょうか?
手持ちのスナップ撮影なのでシャッタースピードを優先して、あまり絞り込んでいませんが、まずまずの写りだと思います。こうした撮影の場合は三脚を立ててキチンと撮るべきなのですが…。


ヒルズ

 

↑関係ないのですが…この時に私の居住地から”ぎろっぽん”まで往復800km以上を運んでくれる、愛しのオールド・ミニです。実は私、麻布十番に住んでいた事がありまして、懐かしくなって時々訪れるのですが…(特に最近は)すっかり変わってしまいました・涙。(路上駐車なので三脚立てる隙ありませんでした)
この後、速攻で麻布十番の『更科』に行きましたが、蕎麦の味落ちましたね。

古きよき?六本木は不良外人と横文字職業の業界人や銀座がひけた後のお姉さま達の街だったのですよ。
そんな六本木交差点から下った麻布十番は庶民感覚のある商店街で、疲れたこころを癒してくれる住み易いところだったんですけどね…。ま…若かりし頃へのセンチメンタルです。


SWC-3.jpg

 

↑SWCが現役バリバリの証拠というか、特製のレンズフードに新型のフィルムパックをカラー用とモノクローム用と二個用意してお散歩カメラのセッティングです。外付けファインダーの左横に出っ張っている四角い小さなプリズムは真下の水準器で水平・垂直を確認するためのものです。
最新型も欲しいのですが…高価ですから…この古い奴を使い続けます。

 

 

テーマ : ★カメラ&レンズ・機材
ジャンル : 写真

◆Hawaii State Art Museum

日本が将来、米国の51番目の州となるのかどうか分かりませんが、最も新しい50番目の州として米国に侵略・併合(1898年)されたハワイの歴史と文化をかる~く写真で紹介していきます。

今回、ハワイ州立美術館(2002年11月オープン)を訪ねました。
入場無料で荷物を受付で預ける事が出来ますが、カメラは持って入れました。
建物(1点目)はコンパクトなスペイン様式の古いものですが、彫刻などの立体からコンテンポラリーな作品まで幅広く、すべてハワイで活動する作家たちのものである事が最大の特徴です。

img_1591803_27767353_0 (1)

中でも特に目を引いたのが、入口に展示されていたHerb Kawainui Kaneの1974年の油彩で「The Discovery of Hawai'i」という作品でした。

<6世紀ころポリネシア人が海を渡って入植したと考えられ、タヒチ人は高度な航海術を保有していた>

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4点目の絵にも感じますが、元来ハワイの信仰ては、神は山川草木やそれぞれの動物に宿り、絶対唯一神のキリスト教とは異なり、日本と同じような八百万(やおよろず)の神々であり、我々日本人には親しみやすい信仰です。ハワイの神話・伝説には、「古事記」を読むようなおもしろさがあります。

 

hotspot.gif

 

 ハワイ諸島が載る太平洋プレートは北西に向かって移動し、日本海溝などから地球の内部へ潜り込んでいる訳で、きわめて正確な電波望遠鏡の測定によれば、プレートの移動速度は1年に約6cmという。
ハワイの火山活動と島々の成り立ちもこのプレートテクトニクスによって説明できます。
地球内部から湧き出るマグマは、プレート(厚さ100km)の最下部に集まり(ホットスポット)、この”マグマ溜り”からプレートを突き破って噴火を起こします。
海底噴火による隆起、そして噴出したマグマが冷え、固まり、島々が誕生しました。
この南東へ順次島々が連なって形成された(ハワイアン・チェーン)のが、現在のハワイ諸島の姿であり、それぞれ数100万年の間隔を置いて形成されています(日本に近づいています)。

従って、現在でも「地球の熱い血液」を噴出し続けるハワイ島の活火山や、長年の侵食によるカウアイ島の険しい山系、渓谷、峰々など島毎に悠久の時間を超えた変化に富んだ景観を楽しめます。

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 5、6枚目の写真は館内に飾られたハワイの美しい花々と、屋上テラスにて休憩している小生の美しくない肢体の一部であります(笑)。

テーマ : ハワイ
ジャンル : 旅行

◆HASSELBLAD 500C <1>

高級カメラの中でもライカは、戦場に持っていってもサマになりそうなアクション系の感じと、メッキやペイントが薄ハゲになって、金属の地肌が出ているのが妙にしっくりと来る生活実感派の感じがある。
だからそれは汗くさいバナリパベストと、オデン屋のカウンターに違和感なしに融合するカメラで、日本のオヤジ社会で異常に好まれるのは、恐らくそれが持っている演歌的センチメントへの親和力のせいである。

それに反してハッセルブラッドはあくまでクールで、使っている人だってロンゲのファッショナブルなギョーカイ人で、ダサいユーザーなんかひとりもいないイメージがある。それにそれは神秘と科学が結合した北欧はスウェーデン製で、万事に実直で現実的なドイツ製に比べると二枚も三枚も上の高級感があるが、その裏にはひとつ取り扱いを間違えると必ず壊れるみたいな、気難しいカメラというイメージがある。

それはオデン屋や演歌にはぜったいなじまないし、仮にそれに似合うアウトドアの場を想像するにしても、頭に浮かぶのは決して戦場ではなくて、例えば秘境の森や月面のように、人間の匂いから隔絶された場所だ。そして傷だらけになってペイントが剥げても、ライカみたいな人間くさい感じは絶対しない。
サファリの太陽の強烈な紫外線に侵食されたり、宇宙塵に衝突されたような無機質な感じがするだけだ。
(現に宇宙に行った最初のカメラである)

だからカメラ・ゲシュタルト論的にいうと、ハッセルブラッドの性格は今はもう存在しないツァイス・イコンのフラグシップ機に最も近いのだが、それらが持っていた怪物性はなくて、上品で静かで洗練されている。したがってこういうイメージ遊びの奥に透けて見えるハッセルブラッドの実態は、コンタレックス的なものを凝縮して極限まで洗練したものだと言っていい。つまりそれはツァイス・レンズを使う現存カメラすべての中で、カリスマ性の頂点を極めたものなのだ。
            (SHOICHIRO TAKEDA/HASSELBLAD社刊「MEET THE HASSELBLAD」より転載)


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(所有ハッセルで一番古い500C(67年製)、正面から見るとレンズの外径ギリギリまで絞り込んだボディのコンパクトさが分かる。)

 

◆ 黄金比に対するアンチテーゼとしての正方形について

シンメトリックな作品を概念的に求める場合、円というディテールの方が適しているように思われる。
しかし円と言うその形自体に、意味がありすぎて実際は使えないのである。
円とはそれだけで、輪廻とか調和とかと言った意味を持った形である、同様に正三角形などもピラミッドとか、連想ゲームのようだが、ピラミッドからヒエラルキー社会とかまで行ってしまう。
その点、正方形はプレーンである。

500Ca-1a.jpg

(スウェーデン鋼の上に施されたクロームと黒被によるストリームラインが美しい、40年前の現役カメラ。)


◆ The Shade of HASSELBLAD & 6x6

「ハッセルブラッドで撮影されると、被写体としての私も、とても心地いいんですよね」と語った写真家がいた。
ハッセルブラッドとはそういうカメラ、いや存在なのである。
ハッセルブラッドが写し撮る瞬間は、決して特別ではない。つまり、エフェクティブではない。
だから、ハッセルブラッドでそのままの自分を切り取られる時、人は心地よく感じるのである。
50数年カメラ製造に携わりながら、一般に市販されたカメラの種類自体は非常に少ない。
特に、わが日本のメーカーと比べればその差は唖然とするほどである。
だがしかし、写真家にとってなにかをスポイルする不安要素がないハッセルブラッドは、その事実だけでも、評価されるに値する、真実の”名機”なのである。

 

アシスタント

 (アシスタント時代のA君、今は立派に広告写真家として独立している。)

 

ハッセルブラッドはスタジオで大型ストロボを使った撮影にはベストのカメラだったし、”シュボッ”という独特の(少し間の抜けた?)レリーズ音(ミラー・遮光版・絞り・シャッターの作動する複合音)は特に心地の良いものだ。
クイックリターンしないミラーの復元はフィルムの巻上げとシャッターチャージを同時に行うが、巻き上げノブの1回転で精密なギア音と共に素早く行える。


ゾーン a4

 (ゾーンシステムで処理したチャペルの写真。快晴のコントラストの強い条件だが、建物の各部のテクスチャーの印象を強調する意味で、プリント時には3号の印画紙で焼いている。ハッセルで撮影したネガには左側にVノッチが二つ刻まれるのでネガフィルムを見ればすぐに分かる。Victor HasselbladのVである。)

 

A・アダムスもハッセルブラッドを自然写真の撮影に愛用していた。
フィルムパックが交換できるので、コントラスト現像別に3種類を用意しておけば良い訳だ。

モノクローム写真の真髄は黒の中の黒からハイエスライトに到る豊富なグレーの諧調とバランスにあるのだが、モニターによってはディープブラックが潰れて見えるかもしれない。

 

img_1591803_44890779_5 (1)

 (プロショップでインテーンの方眼スクリーンを組み込んである、ファインダーが1.5倍ほど明るくなる)

 

150mma.jpg

 (最初期のレンズは全ての表示が刻印になっている。特にヘリコイド斜面に対する行程などはとてもコストが掛っていると思う。)

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